地震 2週間 [日々雑記]
3月11日14:46 三陸沖を震源とした大きな地震でした。
未曾有の、経験した事の無い。
まず、気にかけていただいている皆様へ。
curtisは元気です。家族共々元気です。
我家は山の方で地盤もしっかりしている地区のようで、家具や食器程度の被害で済みました。
タンスも倒れたけど幸い怪我人は居ませんでした。
自宅のある地域は幸い数日間の停電だけで済み、断水もありませんでした。
翌週から会社に出勤し、被害地域に住む社員さんたちに支援物資を届けに出たのですが、仙台や宮城県内でも海沿いをはじめとした一部の地域ではガレキの山で悲惨な光景となっています。
そして先週は岩手三陸沿岸の地域に出張。インフラ施設建設の会社として何か復興の一助と成り得る事があるかどうかの模索がミッションです。
大船渡,釜石,大槌,山田,宮古と・・・。
十分行き届いていない食料や、暖房や、寝具や、住む所。
それでも自分の不遇を嘆く事無く、より大変な状況に置かれている人の事を鑑みて、必要以上の欲求を表現しない人々・・・。
米が届いて「ありがたい」と目を細め、缶詰があると「今こんなモノを食べてしまって、他に支援物資が行き届かない所は無いのか・・・?」と心配する避難している人たち。
自分に何かできる事は・・・?と考えると同時に、避難されてる人々の心が荒廃してしまっていない事に、ナゼか目頭が熱くなってきたのです。
この皆様に、「がんばって」という言葉を投げかける事は、私にはできません。
「もうそれ以上がんばらずに、少しでも安穏とした心暖まる時間を持って頂けるように・・・」
と祈るばかりです。
一方で、復興を支えるのは民間企業による経済活動に他なりません。
「自分にできる事は何か?」を考える時に、自らが経済活動に関わってきた事・・・つまりプロフェッショナルな仕事で各人がその復興に関わる事が全体として効率的なのです。
人が営んでいる経済活動の中で、社会に無駄なものは何も無い。すべてが多かれ少なかれ、社会の役割の一端を担っているんですね。
でもやはり事件は現場で起こっているわけで、会議室に居る皆様はどうしても現地の臭いや色を失念してしまうのは、人間としてしょうがない事なのでしょうか。
ここで飛び交う怒声や非難の言葉達。願わくばこれらが被災地域に直接届く事の無いよう、被災された方々の心を揺さぶるような事が無い事を。
地震の後、各地の多くの皆さんから安否と応援の℡やメールを頂戴しました。
私にとってこの声援は、大きな無形の力になっているのです。
仙台や宮城の、他の被災地域の皆様の、
『心が荒廃しないように』
そのために、被災地域でガンバッている人々を“誉めて讃えて”あげて下さい。
つらい目にあっても、それでも周囲の人の心がある事を忘れないように、みんなの復興の旗印・・・『がんばろう東北』があればいいですね。
未曾有の、経験した事の無い。
まず、気にかけていただいている皆様へ。
curtisは元気です。家族共々元気です。
我家は山の方で地盤もしっかりしている地区のようで、家具や食器程度の被害で済みました。
タンスも倒れたけど幸い怪我人は居ませんでした。
自宅のある地域は幸い数日間の停電だけで済み、断水もありませんでした。
翌週から会社に出勤し、被害地域に住む社員さんたちに支援物資を届けに出たのですが、仙台や宮城県内でも海沿いをはじめとした一部の地域ではガレキの山で悲惨な光景となっています。
そして先週は岩手三陸沿岸の地域に出張。インフラ施設建設の会社として何か復興の一助と成り得る事があるかどうかの模索がミッションです。
大船渡,釜石,大槌,山田,宮古と・・・。
十分行き届いていない食料や、暖房や、寝具や、住む所。
それでも自分の不遇を嘆く事無く、より大変な状況に置かれている人の事を鑑みて、必要以上の欲求を表現しない人々・・・。
米が届いて「ありがたい」と目を細め、缶詰があると「今こんなモノを食べてしまって、他に支援物資が行き届かない所は無いのか・・・?」と心配する避難している人たち。
自分に何かできる事は・・・?と考えると同時に、避難されてる人々の心が荒廃してしまっていない事に、ナゼか目頭が熱くなってきたのです。
この皆様に、「がんばって」という言葉を投げかける事は、私にはできません。
「もうそれ以上がんばらずに、少しでも安穏とした心暖まる時間を持って頂けるように・・・」
と祈るばかりです。
一方で、復興を支えるのは民間企業による経済活動に他なりません。
「自分にできる事は何か?」を考える時に、自らが経済活動に関わってきた事・・・つまりプロフェッショナルな仕事で各人がその復興に関わる事が全体として効率的なのです。
人が営んでいる経済活動の中で、社会に無駄なものは何も無い。すべてが多かれ少なかれ、社会の役割の一端を担っているんですね。
でもやはり事件は現場で起こっているわけで、会議室に居る皆様はどうしても現地の臭いや色を失念してしまうのは、人間としてしょうがない事なのでしょうか。
ここで飛び交う怒声や非難の言葉達。願わくばこれらが被災地域に直接届く事の無いよう、被災された方々の心を揺さぶるような事が無い事を。
地震の後、各地の多くの皆さんから安否と応援の℡やメールを頂戴しました。
私にとってこの声援は、大きな無形の力になっているのです。
仙台や宮城の、他の被災地域の皆様の、
『心が荒廃しないように』
そのために、被災地域でガンバッている人々を“誉めて讃えて”あげて下さい。
つらい目にあっても、それでも周囲の人の心がある事を忘れないように、みんなの復興の旗印・・・『がんばろう東北』があればいいですね。
2011-03-27 19:08
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コメント(11)
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ご健在と聞いて安心しました。
しかし本当に想像を絶する被害ですよね。原発のこともあるし。
昨年までフラフラと訪れていた地域が軒並み大きな被害を受けていて・・
以前働いていた北茨城の病院も幸い流されはしませんでしたが、目の前まで津波が押し寄せたようです。
また、笑顔で川に行けるように、復興のお手伝いを出来ればと常々考えています。
被災者の方には、頑張ってって確かに言えないですよね。十分頑張ってるし耐えていると思います。
by いとふ (2011-03-27 21:24)
ご家族全員無事で何よりです。
東北の方々には本当に頭が下がるばかりです。それに比べ僕らが暮らしてる関東の人間は、自分のエゴばかりで辟易しております。
会社としてダメージがあり、それは会社員としてちゃんとやるのですが個人的にも東北の復興に寄与したいと考えております。
by なりなり (2011-03-27 22:26)
ご無事で何よりです。
宮城県はほんとに激甚な被害を受け、心よりお見舞い申し上げます。
僕の実家の福島県も大変な被害を受けましたが、うちの両親は今のところは無事です。しかし、原発から放射性物質が常に放出されているので、それに晒され、将来的に良くない事が起こるやもしれません。
風向きや地形によっては、宮城県にも放射性物質が届くかもしれませんが、ぜひ冷静に、そして情報に対して、常にアンテナを張っていてください。 僕も一経営者として経済活動にて微力ながら復興のお手伝いを致します。
by su_gi (2011-03-27 23:29)
まずはご無事と聞いて安心しました。
宮城、岩手を中心に被災した地域は私の学生時代~前職においてほぼ全域にわたり訪問した地域です。
テレビで見るその光景ですら当時の面影を見出す事は出来ないのですから現地は相当なものかと思います。
現地の方々は、それでも生きていかなくてはなりません。
それゆえ人に対する配慮も忘れない、むしろ以前よりも優しくなれるのかも知れませんね。
生きていくには、直接的であろうと間接的であろうと人と関わらなければならないのですから。
人として、社会の一員として、出来る事をしていけたらと思っています。
by 木村 (2011-03-28 19:06)
皆さん、コメントありがとうございます。
今は、皆さんの一言一言がホントに力になります。
昨夜、録画しておいたF1を今日見たのですが、F1ドライバー達がニッポンに向けて「負けるな!」のメッセージを送ってくれた事・・・位でもウルウルきちゃうくらいです。
ちと弱ってるのかな・・・オレ。
>>いとふさん
風景の変わり具合は、今はまだインパクトの強い景色ですが、そのうち自然に溶けていってしまうんでしょうね。
何度も訪れている場所なのに、初めて見る場所・・・って、これからたくさんありそうです。でも、それも前向きに捉えなければネ。
>>なりなりさん
コメントありがとうございます。
関東の方がエゴばかりなのではなくて、みんなどうしても距離があるとリアルに感じられないだけですよね。
私達ではリビアの人々の辛さとか、たぶんしか感じられないし。
岩手行って思ったんですけど、県の対応が宮城とだいぶ違うんですよ。
たぶん、宮城は県庁所在地の仙台が直接被害受けてるけど、岩手は盛岡では津波の被害にさらされていないから、その危機感に温度差がでてるのかな?って。私感ですが。
ま、みんなそれぞれ事情ある事なので、無理なく、少しずつ、ヨロシクです。m(_ _)m
>>su_giさん
ども。コメントありがとうございます。
ご両親、ご無事でナニヨリです。
放射性物質は、ナニがホントでナニが控えめな表現なのか、ちとわからんですよね。
まあ子供達に影響があってはいけないです。
誰が悪い!とナカナカ言えないことなので誰も責めようがありませんが、地域にお住まいだった方々にはもちろん、あの地域の自然を好きだった人たちだって被害者ですもんね。
何も無く、元に戻ればいいなあ。
>>キムさん
ごぶさたです。
なんとかかんとか元気にしてますヨ!
仕事の兼合いでデコボコと凹んでいたのが、地震で吹っ飛んでしまいました。δ(^ ^;)
でも、これから街が元に戻っていく過程で、またたくさんの目に見えない良くない事も有るんだと思うと・・・。
ま、肩の力抜いて、できる範囲でできるだけの事をやっていきましょ!
たま~に、青森でガス抜きさせてくださいネ。
by curtis (2011-03-29 00:46)
無事でなりよりでした。
いや、本当によかった!
家も家族全員元気だよ。
隣の家の3階の壁崩れていたけど...
落ち着いたら、久々に酒でものみたいな!
by きみ (2011-03-29 18:48)
>きみ
・・・「きみ」は「皇」か?
だったら、ひさしぶり~
そちらも無事でナニヨリ。
ニーチャンも無事か?
オレんとこも、無事だ!
昔ほど強がりも言わなくなったがなあ。
あっはっは。
ホント、久々に飲みたいね~。
近況聞きたいししゃべりたいな。
東京出張の時に連絡するから付き合ってくれな。
(「皇」で無かったら、スイマセン。)
by curtis (2011-03-29 20:18)
本当の災害地被災者にとって、本当に厳しい現実が襲うのはこれから
だと思う。
カーティスさんも被災地の現場を自分の目で見て多くの事を感じている
と思う。
被災地の方々は今を生きるため気を張って頑張っている。
幸か不幸か情報が少なく、自分達の暮らしていた町の状況が分らない。
でも、今は同じ被災者がいて勇気を出している。
心配なのは、これから徐々に復興して仮設や親戚にてんでんばらばらに
なっていく。
マスコミもこの被災を報じなくなり、被害を受けていない人々も今の感情を
忘れていく。風化されていく。
時間が経つほど気丈に振舞う被災者は孤独と将来の不安を感じるだろう。
本当に一人一人が出来ることを真剣に考え、”つながろう日本”の意味が
重要と考えます。
企業も個人も、長期に繊細なケアーを考えて欲しい。
俺の思いです。
by いずいず (2011-03-29 22:33)
>いずいずさん
そーね。
「長期に繊細な」
まさに、そのとおりですね。
ニーズは個人によって違うし、
企業と言うのは利益を目的とした集団だし、
自治体や公的な支援は、どうしても最大公約数にならざるを得ないし。
今回の震災で自分自身が困っていた時、
他の方から与えてもらった支援でナニが最も助かったか、ほっとしたか、
を、自分でよく考えてみることにします。
by curtis (2011-03-29 23:44)
皇です
兄貴家族も大丈夫だったよ!
俺はまだ負けたくね~(笑)
東京来たときは絶対連絡しろよ!
by きみ (2011-03-30 17:41)
>皇
あはは。
もう厄年も終わって、後厄だぞ~(^^;
ま、相変わらず
「♪栄光に向かって走る~あの列車に乗って」
るつもりだけどな。
オシ。
こんど会った時は久々に勝負すぺよ。
by curtis (2011-03-30 21:31)